2012年02月05日

オレンジ共済(倒産)巨額詐欺事件の友部達夫元参院議員死去=自宅で意識不明に、病死か―警視庁

「オレンジ共済巨額詐欺事件」の首謀者であった、元参議院議員の友部達夫 氏が昨月1月28日に死去していたことがわかりました。
 元々友部氏は年金に関して詳しく、社会保険労務士 という年金と労働問題に詳しい法律の国家資格を取得していたため、様々な考えがあり、年金に関して世の中を変えていこうという野望があったことに違いないかと思います。

 しかし、こういった事業というのは、単なる目論見や計画だけでは実現できないこともあるので、もし実現不可能(収益が少ない)などの場合は何らかの方針転換や修正ができなければいけません。
 多くのお金を集めてから、「実は運営に失敗しました、許して下さい。」それは許されないことです。もしそれが「投資」とう形のものであるのなら、投資する方も、失敗のリスクがあるということを承知しています。失敗しても「怒りは向けられる」がそれは投資の前に承諾済みだから、仕方のないことです。
 けれども、こういった「スーパー定期」というのは銀行と同じ元本保証のようなイメージを掲げる商品であるため、ちゃんと説明もせず、出資をさせてしまえば、詐欺の前段階となりますが、ちゃんと予定通り戻ればオンの字で終わります。

 また、今でも格安の保険として名高い生活協同組合が運営する「県民共済」というものがありますが、その類似商品としてオレンジ共催の保険商品も並んで登場していました。フランチャイズなんていうのも堂々と募集もしていました。


 でもこの事件は酷い事にその集めた資金を政治資金に利用したり、家族ぐるみで私的に流用してしまったことなどから、「運用に失敗しましたごめんなさい」どころの話ではなくなってしまいました。
 その結果逮捕起訴され、約90億円の資金を集めて頓挫したことで、詐欺罪の最高である10年の懲役刑となり服役いたしました。

 いま考えてみると、よくこんないい加減な金融商品を堂々と作れたものだと当時の日本の制度にも呆れてくるあまりです。





オレンジ共済(倒産)巨額詐欺事件の友部達夫元参院議員死去=自宅で意識不明に、病死か―警視庁


友部達夫元参院議員死去=自宅で意識不明に、病死か―警視庁
時事通信 2月3日(金)9時25分配信
 元参院議員の友部達夫氏(83)が東京都中野区内の自宅で意識不明の状態で発見され、搬送先の病院で死亡していたことが3日、警視庁中野署への取材で分かった。同署によると、病死の可能性が高いという。
 友部氏は1995年の参院選に、新進党から比例代表で初当選。自身が主宰していた「オレンジ共済組合」の詐欺事件で懲役10年の実刑判決を受け、2001年6月に最高裁で確定し、失職した。
 同署によると、先月28日午前4時45分ごろ、妻がトイレでうずくまっている友部氏を発見。すでに意識不明で、病院に運ばれたが死亡が確認された。 

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最終更新:2月3日(金)9時27分
 
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<訃報>友部達夫さん83歳=元参院議員(毎日新聞) 3日(金)11時2分
友部・元参院議員死去…オレンジ共済事件で失職(読売新聞) 3日(金)10時39分
元参院議員の友部氏が死去 自宅で病死の可能性(産経新聞) 3日(金)2時5分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120203-00000035-jij-soci





オレンジ共済組合事件
オレンジ共済組合事件(オレンジきょうさいくみあいじけん)とは、友部達夫元参議院議員(旧新進党所属)の政治団体が運営していた共済団体が起こした詐欺事件。友部は逮捕され、裁判の結果実刑判決が確定して失職した。


オレンジ共済組合の看板と事務所跡(姫路市)
目次  [非表示] 
1 概要
2 オレンジ共済組合、友部達夫の略史
3 オレンジ共済組合の事業
4 出資法違反について
5 国会議員の地位の矛盾点
6 その他
7 参考文献
8 脚注
9 関連項目
概要 [編集]

1992年よりオレンジ共済組合は、「オレンジスーパー定期」という年6〜7%もの配当を謳った商品を出し、約93億円(うち約63億円は選挙当選後に集めている)もの資金を集めた。しかし、資金の多くが友部の選挙費用や政界工作費(約6億円)、借金返済、あるいは妻や次男らに私的に流用された[1]。その結果、1996年に同組合は倒産し、組合員にほとんど金は支払われず、大規模な被害をもたらした。
1997年、現職参議院議員の友部は参議院で逮捕許諾決議案が出されて逮捕された。逮捕後も友部は議員を辞職せず無罪を主張していたが、2001年に有罪確定し失職した。
オレンジ共済組合、友部達夫の略史 [編集]

1980年 - 2月1日、友部は日本中高年連盟を立ち上げ東京都西新宿に「中高年110番」を開設。年金などの無料電話相談を始める[2]
1983年 - 日本中高年連盟を母体として年金党を結成。友部は、同年の衆院選に東京8区から出馬するが6,042票しか獲れず惨敗に終わる。[3]
1986年 - オレンジ共済組合を設立。参院選に出馬し落選。
1989年 - 参院選に出馬し落選。
1992年 - 共済組合内の社内預金という名目で貯蓄型オレンジスーパー定期の募集を開始。「オレンジ年金企画」を設立。参院選に出馬し落選。
1995年 - 細川護煕の側近であった初村謙一郎の政治団体関係者に政官工作資金として巨額の金を渡し、新進党の比例区の高い名簿順位を獲得し、7月の参院選に当選。
1996年 - 11月、同組合が出資法違反容疑で捜索を受ける。12月に同組合が倒産。
1997年 - 1月、友部に対する逮捕許諾決議案が可決。詐欺容疑で逮捕される。以後、登院なし。
2000年 - 東京地裁で友部に懲役10年の実刑判決。その後、控訴、上告。
2001年 - 5月、最高裁で上告棄却、友部の懲役10年の実刑判決が確定。判決確定により、議員を失職。
オレンジ共済組合の事業 [編集]

「オレンジスーパー定期」の他に、「オレンジ共済」、「オレンジ介護共済」などを運営していた。
出資法違反について [編集]

オレンジ共済組合は出資法違反でも捜索を受けている。これは、銀行などのように法律で許された者以外が業として預かり金を受けると出資法違反になるからである。
国会議員の地位の矛盾点 [編集]

友部は、オレンジ共済組合の問題点が表面化した1996年11月の時点で、国会議員であった。院内の秩序を乱した場合を除き、有罪確定前の議員を強制的に辞職させる規定が存在しないため、逮捕後から2001年5月までの間、国会議員として活動していないにも関わらずその地位にあり、歳費(給料)を受けた。なおこの歳費はそのほとんどが被害者らに差し押さえられた。
友部に対しては、議員辞職勧告決議が可決されたが、法的拘束力が無いために辞職を拒み、議員の地位に留まった[4]。2001年5月に実刑判決が確定したことによって友部は議員を失職するものの、逮捕後約4年間議員に在職していた。友部の失職によって新進党の比例名簿により金石清禅が繰上げ当選。規定とはいえ存在しない政党[5]から当選するという制度に対する批判があった[6]。
その他 [編集]

兵庫県姫路市の姫路バイパス中地ランプ付近のビルに「オレンジスーパー定期7.02% オレンジ共済」の看板が現在も掲げられたままとなっている(当然ながら営業していない)。
新進党の衆議院議員だった萩野浩基(比例代表東北ブロック)は1995年、党がこの事件で公党の責任を果たさないことを理由に離党届を提出したが、新進党は萩野が比例選出であることを理由に離党を認めず、両者の対立が続いた。しかし、その年に新進党が解党したため、萩野は自民党入りした。
参考文献 [編集]

『新版 日本の経済犯罪ーその実状と法的対応』(神山敏雄 著,ISBN 4535512817)
『金融犯罪― 個人の資産を狙う闇経済ネットワーク』(鈴木雅光 著,ISBN 4408321400)
『ナイトエンジェル(2)』(YUKO(金沢京子)、雅亜公 共著,ISBN 9784832230811)
脚注 [編集]

[ヘルプ]
^ 流用した金で、友部の妻は貴金属や靴、リムジンなどを購入、また次男は約10台の高級乗用車(ベンツ・フェラーリ等)を購入して乗り回し、アイルトン・セナの乗ったF1マシン(ウィリアムズ・ルノー)等も購入、趣味で飼育していた高級熱帯魚のアジアアロワナや大型水槽などを大量に買い集め、小鳥を放し飼いにするためのマンションの改造費、銀座の高級クラブでも、ロマネコンティを頻繁に呷るなどの豪遊を繰り返し、同店の女性ホステスに高額なプレゼント(時価数千万円と言われるダイヤモンドの指輪等)を行うなど無法ぶりが話題となっていた。(山岡俊介アクセスジャーナル参照)
^ 友部は社会保険労務士の資格を持っていた。
^ その後、年金党として1986年の参院選・1989年の参院選・1992年の参院選に候補者を擁立。友部のほか、弟の正夫らが立候補したがいずれも落選に終わる。
^ 友部は「院内の秩序を乱した」訳ではないため、憲法58条に基づいて除名処分にすることもできなかった。
^ 新進党は1997年12月31日に分党していた。
^ 金石は当選後保守党に所属、任期満了の参院選には出馬せず政界を引退した。
関連項目 [編集]

詐欺
共済
カテゴリ: 悪徳商法経済犯罪日本の詐欺事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E5%85%B1%E6%B8%88%E7%B5%84%E5%90%88%E4%BA%8B%E4%BB%B6



友部達夫

この項目は亡くなったばかりの人物について扱っています。その人物の死の詳細や取り巻く環境また状況が知れ渡っていくに従い、この項目の内容もまた急速に大きく変化することがありますのでご注意ください。2012年2月3日 (金) 03:02 (UTC)貼付。(表示終了予定:2012年2月10日 (金) 03:02 (UTC))


この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。
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 日本の政治家
友部達夫
ともべ たつお
生年月日 1928年12月5日
出生地 東京都
没年月日 2012年1月28日(満83歳没)
出身校 東京都立大学
(現・首都大学東京)
前職 オレンジ共済組合理事長
所属政党 (新進党→)
無所属
 参議院議員
選挙区 比例区
当選回数 1回
任期 1995年7月24日 - 2001年6月7日
テンプレートを表示
友部 達夫(ともべ たつお、1928年12月5日 - 2012年1月28日)は元参議院議員。
人物 [編集]

東京都生まれ。旧制麻布中学を経て、1945年、海軍兵学校に予科第78期生として入学、敗戦により退校。東京都立大学人文学部卒業後、生命保険会社へ入社。社会保険労務士資格を生かし1980年、日本中高年連盟を呼称し年金などの無料電話相談サービス開始。
1983年、日本中高年連盟を母体とし弟の友部正夫らとともに年金党を結成、衆院選1回、参院選4回立候補するもすべて落選。1995年、第17回参議院議員通常選挙で新進党へ参加、比例区より立候補、当選。しかし自身が設立し理事長を務めるオレンジ共済組合が、出資法違反容疑で捜索を受け同年12月、倒産(オレンジ共済組合事件)。この事件で、出資金の選挙費用、政界工作費、借金返済など私的流用が明らかになる。
1997年1月29日、参議院で逮捕許諾決議が可決され逮捕、同時にオレンジ共済組合の理事、妻(きみ子)と次男(百男)も逮捕。以降、東京拘置所での勾留が継続したため、登院が不可能となった。同年4月4日、参議院で議員辞職勧告決議が可決するも、友部は議員辞職を拒否。国会議員に対する議員辞職勧告決議の採択は日本国憲法下では初めて。2001年5月29日、最高裁で懲役10年の実刑確定。任期切れ直前の同年6月7日に実刑確定により公職選挙法第11条と国会法第109条の規定で国会議員を失職[1]。失職までの約4年間、不登院の状態で国会議員に在職し合計1億6000万円近い歳費を受給(大半は被害者らが差し押さえ)。国会議員が事実上登院できない状況下で長期間在職した例としては、他には辻政信参議院議員(1961年4月失踪・1965年6月議員任期満了)がいる。
実刑確定による国会議員失職は1961年の福田繁芳以来40年ぶり。友部の失職により金石清禅が繰り上げ当選。
実刑確定後は静岡刑務所に服役した。
2012年1月28日、死去した[2]。83歳没。
関連項目 [編集]

オレンジ共済組合事件
脚注 [編集]

^ 禁固以上の実刑確定者は選挙権と被選挙権の両方を剥奪される。
^ “友部・元参院議員死去…オレンジ共済事件で失職”. 読売新聞. (2012年2月3日) 2012年2月3日閲覧。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8B%E9%83%A8%E9%81%94%E5%A4%AB


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