2013年02月09日

訃報:江副浩正さん76歳=リクルート創業、未公開株贈賄で有罪〜日本での一大情報産業へと成長させる


 「リクルート」という言葉は英語は「Recruit」で「新人」という意味となっています。またその派生語が日本語では求人という意味を指しています。
つまり「リクルート」とう名前は、就職や就職後の新人を指す意味を持っているので、「リクルート」(現 リクルートホールディングス)という会社概要はこういう部分が
軸となっていることがうかがわれます。

 その「リクルート」の創業者である江副浩正 氏 が昨日 2013年2月13日 お亡くなりになられました。76歳です。
リクルートという会社は、日本の経済をかつて引っ張ってきた重工業や製造業、そして商社とは違うところの産業であり、「出版」業なのですが、他の「出版」社と違うところは、「情報」を大きな売りとしているところにあります。
「リクルート」がおこなっているような企業活動はかつてどこにでも存在はしていたのですが、それを「表舞台」に積極的に引っ張り出すというのが、この企業の特徴です。それを「サービス化」したのが、この江副氏なのではないのでしょうか。

 この江副氏の原点は「サービスの有料化」で、何かをしてもらうときは「有料」でという経済を介在させるところにあります。一見すると他の人からみると「ケチ」とかそんなふうに見えたのかもしれませんが、何かをやるときにはなんらかの「人件費」がかかるものなので、それを遠慮なく推し進めていったのが江副氏の企業の考え方なのだと思います。

 創業から約40年という企業としてはそんなに長い歴史があるわけではないですが、30年経った現在でもリクルートは、就職の分野だけでなく、不動産分野や金融などの情報提供分野に進出し、かつて、リクルート疑獄事件の当事者となった会社「リクルートコスモス」のような現業をもつほどの企業グループまで成長しています。
 その情報分野では、リクルートが今でも日本の先頭を突っ走っている状況で、今でもその状況を堅持しています。

 



訃報:江副浩正さん76歳=リクルート創業、未公開株贈賄で有罪〜日本での一大情報産業へと成長させる


(参考)
re・cruit[ rikrt ]
[名]

1 新兵,初年兵,入隊者.

2 新会[新党]員;新人,新米,(…への)新参者;新入生((to ...))

a new [a recent, a raw] recruit
新参者.

━━[動](他)

1 〈人を〉リクルートする;〈人を〉新兵にする,入隊させる;〈新兵を〉徴募[召集]する.

2 〈軍隊を〉(新兵で)強化する,補充する,〈会員などを〉(…から;…へ)新しく入れる,募る((from ...;to ...));〈貯えなどを〉補充する

recruit new subjects for one's research
研究のため新しい被実験者を集める.

3 ((略式))〈人を〉(…してもらうために)集める,調達する((to do)).

4 〈若さ・健康・力などを〉取り戻す,回復する




2013/2/ 9 17:24

   リクルート(現・リクルートホールディングス)創業者で、社長・会長などを務めた江副浩正氏が2013年2月8日、都内の病院で死去した。76歳。
   1960年、のちのリクルートとなる大学新聞広告社を創業、経営者として成功を収めた。しかし88年、関連会社の未公開株を政治家・官僚などに配った「リクルート事件」が発覚、89年に逮捕され、03年に執行猶予付きで実刑判決が下った。その後は財団法人「江副育英会」を主宰し、若手音楽家の育成やコンサートの興業などに携わった。
http://www.j-cast.com/2013/02/09164795.html
(2013/2/9/j-castニュース)


訃報:江副浩正さん76歳=リクルート創業、贈賄で有罪
毎日新聞 2013年02月09日 09時02分(最終更新 02月09日 12時22分)


リクルート元会長の江副浩正さん=2010年11月、大場弘行撮影
拡大写真
 リクルート(現リクルートホールディングス)を創業し新しい情報ビジネスを開拓した一方、関連会社の未公開株を政官財界に譲渡した戦後最大級の汚職事件、リクルート事件で有罪判決を受けた同社元会長の江副浩正(えぞえ・ひろまさ)さんが8日、肺炎のため東京都内の病院で亡くなった。76歳だった。

 大阪府出身。東大在学中に学生新聞の広告事業を始め、卒業後の1960年、リクルートの前身となる「大学新聞広告社」を創業、社長に就任した。無料の就職情報誌「企業への招待」を創刊。84年には社名を「リクルート」に改称し、「とらばーゆ」「フロムエー」など就職情報誌を次々と発刊、ヒットさせた。また、住宅からアルバイト、中古車、旅行などにも情報誌のジャンルを広げ、一大情報企業を築いたほか、不動産や金融にも事業を拡大。「情報化時代の寵児(ちょうじ)」と呼ばれた。

 88年に会長に就任したが、同年6月、値上がりが確実視されるグループ不動産会社「リクルートコスモス」の未公開株を川崎市助役に譲渡していたことが発覚。故竹下登元首相周辺など政官財に幅広く未公開株が渡ったことが分かり、ロッキード事件と並ぶ戦後最大級の疑獄事件、リクルート事件に発展した。

 東京地検特捜部が政界▽労働省▽文部省▽NTT−−の4ルートで捜査に着手、江副元会長を含む贈賄側4人と、収賄側8人の計12人が起訴され、全員の有罪が確定した。江副元会長は89年2月に贈賄罪で逮捕・起訴。江副元会長は起訴内容を全面否認し、公判は322回に及んだが、初公判から13年余りを経た03年3月、東京地裁で懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受けた。検察側、弁護側とも控訴せず、判決が確定した。

 江副さんは92年、自ら保有するリクルート株をダイエーに売却。晩年は財団法人「江副育英会」理事長として、オペラ歌手育成など文化活動に取り組んだ。
http://mainichi.jp/select/news/20130209k0000e040133000c.html
(2013/2/9/毎日新聞)


ことば:リクルート事件
毎日新聞 2013年02月09日 東京夕刊

 ◇リクルート事件

 リクルート元会長の江副浩正氏が1986年、政官財の有力者に値上がり確実な関連会社・リクルートコスモス社の未公開株を譲渡したことに端を発した疑獄。東京地検特捜部が88年に捜査を開始。NTT、労働省、文部省、政界の各ルートで、藤波孝生元官房長官と池田克也元衆院議員の国会議員2人を含む計12人を贈収賄の罪で起訴、全員の有罪が確定した。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130209dde041020043000c.html
(2013/2/9/毎日新聞)

起業家草分け・疑獄の中心、栄光と挫折の江副氏
読売新聞 2月9日(土)12時31分配信
 
リクルート疑惑解明のための参院税制特別委員会で証人喚問された江副浩正氏(1988年12月6日)

 リクルートグループを創業して「ベンチャー起業家の草分け」と呼ばれ、その後ロッキード事件に次ぐ疑獄の中心人物となったリクルート元会長の江副浩正氏が8日、死去した。

 栄光の頂点と挫折を経験した江副氏は事件後、企業経営の一線から退き、若手オペラ歌手らに奨学金を出す財団の理事長を務めていた。

 江副氏は東大卒業後、リクルートの前身を創業。当時、すきま産業と言われていた学生の就職情報誌ビジネスで急成長を遂げた。バブル期には住宅、中古車販売、海外旅行など次々に新事業に乗り出し、一大グループ企業に育て上げた。

 2007年に出版した「リクルートのDNA」(角川oneテーマ21)では、事件について「多大な迷惑をかけた」と反省を示す一方、リクルート出身の起業家が多い点に触れ、「リクルートのビジネスモデルとDNAは今も生き続けている」と記していた。また、リクルートを巨大企業にする礎を築いたのは「すべて自分自身」とも自著で語っていた。

 創業以来の自由な社風から、リクルートにはユニークな人材が集まり、起業家ら多くの人材を輩出した。“卒業生”の中には、東京・杉並区立中学校長に転身して、その後も教育再生などで発信を続ける藤原和博さんや、NTTドコモに転職して「iモード」の生みの親となった松永真理さんらがいる。

 江副氏は、1989年にリクルート事件で逮捕・起訴されて以降は長く沈黙を守り、マスコミなどに登場することはなくなった。

 92年には、リクルート株をダイエーに譲渡した。株式譲渡益などで得た多大な資産を文化活動に注入し、若手音楽家を育成するための財団「江副育英会」などを設立。東京・新橋の同会事務所に毎日、顔を出していた。2002年からはオペラ制作にも進出。舞台設営からオーケストラの手配まで億単位の資金を供出する日本オペラ界を代表する“パトロン”でもあった。

最終更新:2月9日(土)12時31分
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130209-00000262-yom-soci
(2013/2/9/読売新聞)

「情報化時代の寵児」から疑獄事件で有罪…波乱の生涯 江副浩正氏死去
産経新聞 2月9日(土)15時4分配信
 「情報化時代の寵児」「ベンチャー起業家の草分け」、そして、疑獄事件での有罪確定…。波乱に満ちた生涯を送ったリクルート元会長の江副浩正氏が8日、死去した。関係者がその商才や明晰(めいせき)な頭脳に舌を巻いた“風雲児”は、栄光と挫折を経験。事件後は若手芸術家の育成などに尽力した。 

 江副氏のビジネスは東京大学在学中に始まった。学生新聞の広告取りを始めたことをきっかけに、営業ノウハウを取得。卒業後すぐの昭和35年に広告会社「大学新聞広告社」を創業、37年にはリクルートブックの前身である大学新卒者向けの会社案内集「企業への招待」を発行した。就職課や研究室の紹介に頼った職探しが主流だった当時、自分で就職先を探したい学生のニーズとも合致し、企業からの情報提供が殺到。就職活動に一大ムーブメントを引き起こした。

 その後も住宅、旅行情報などにも分野を広げ、隙間産業と位置づけられていた求人広告という業界を、一代でメジャーなビジネスに変えた。金融業やリゾート開発業にも着手。バブル景気にも乗り、「時代の寵児」ともてはやされた。

 東大で同期生だった元衆院議員の岩國哲人氏は、学生時代の江副氏について、「授業に出ている生徒のノートを買い取り、出席していない仲間に有料でコピーさせてあげていた。当時から商才というか、起業家としての『目』と『芽』を持っていた」と振り返る。

 しかし、63年にはリクルート事件が発覚、ロッキード事件に並ぶ一大疑獄事件の中心人物となった。

 公判では「賄賂を供与したことはない」と起訴内容を否定し、潔白を主張。裁判は起訴から判決まで丸14年。判決を含め322回の公判が開かれ、裁判迅速化を求める機運が高まるきっかけにもなった。平成21年にはリクルート事件を振り返る著書を出版。検察の捜査を批判、取り調べの全面的な可視化を訴えた。リクルート事件で取り調べにあたった元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士は「頭の切れ味は抜群で、何を話せば会社にどう影響するかを理解しており、一言ひとことを慎重に話していた」と振り返る。

 江副氏は事件後、平成4年にリクルート株をダイエーに譲渡してから、若手音楽家を育成する財団「江副育英会」を設立するなど、文化活動にも尽力した。

 宗像氏はクラシックやオペラ鑑賞などの趣味が共通していたといい、「昨年10月に都内のコンサート会場で会ったのが最後だった。先見性のある有能な企業家だったと思うし、美術家の育成にも熱心でもっと長生きして社会貢献を続けてほしかった」と語った。

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最終更新:2月9日(土)15時55分
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130209-00000145-san-soci
(2013/2/9/産経新聞)


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